腸内細菌ががん治療を変える?新たな菌「YB328株」が免疫を活性化
がん治療に用いられる「免疫チェックポイント阻害薬(ICI)」は、患者自身の免疫力を利用してがん細胞を攻撃する画期的な治療法です。しかし、長期的に効果があるのは全体の約20%にとどまり、より多くの患者に効果をもたらす方法が求められてきました。
そんな中、国立がん研究センターを中心とする研究チームが、ICIの効果を高める新たな腸内細菌「YB328株」を発見し、その働きを明らかにしました。この成果は、英国科学雑誌「Nature」に掲載され、次世代のがん免疫療法への応用が期待されています。
腸内細菌ががん治療に関与?
近年、腸内細菌が免疫機能に大きく影響することが明らかになってきました。特に、腸内細菌の種類やバランスが、がん免疫療法の効果に関係するという報告が増えています。
今回の研究では、非小細胞肺がんや胃がんの患者50名を対象に、治療前の腸内細菌の構成とICIの効果を比較。その結果、治療が奏効した患者では「ルミノコッカス科」の細菌が多く、逆に効果が乏しかった患者では「バクテロイデス科」が多い傾向が見られました。
新たな菌「YB328株」の発見
研究チームは、治療が奏効した患者の便から、これまで報告のない新しい腸内細菌「YB328株」を分離・培養することに成功しました。この菌は、免疫の司令塔である「樹状細胞」を活性化し、がん組織に移動させることで免疫反応を高める働きがあることがわかりました。
さらに、YB328株をマウスに経口投与すると、がんの縮小効果が確認され、免疫細胞であるPD-1陽性CD8陽性T細胞の増加も見られました。この免疫細胞は、がん細胞を直接攻撃する重要な役割を担っています。
TLRシグナルが鍵
YB328株の働きには、「Toll様受容体(TLR)」という自然免疫のセンサーが重要な役割を果たしています。TLRは病原体を認識し、免疫反応を開始する仕組みで、YB328株はこのTLRシグナルを活性化することで、CD103陽性樹状細胞を誘導・活性化します。
この細胞は、がん免疫において特に重要で、T細胞を効率よく活性化する能力を持っています。研究では、TLRシグナルが遮断されたマウスではYB328株の効果が失われることも確認され、TLRが治療効果の発現に不可欠であることが示されました。
CD103陽性樹状細胞とは
CD103陽性樹状細胞(CD103⁺ DC)は、免疫系の中でも特に重要な役割を担う「樹状細胞(dendritic cell)」の一種です。CD103という分子を細胞表面に持つことで識別され、特にがん免疫や粘膜免疫に関与することで注目されています。
腸から離れたがんにも影響
驚くべきことに、YB328株は腸内で活性化された樹状細胞を、腸とは離れたがん組織やリンパ節にまで移動させることができます。マウスを使った実験では、腸にだけ蛍光色素を照射した後、YB328株を投与すると、色が変化した樹状細胞が腫瘍部位に集まる様子が可視化されました。
この現象は、腸内細菌が全身の免疫環境に影響を与える仕組みを初めて明確に示したものです。
ヒトでも再現可能
さらに、実際のがん患者の腫瘍組織を解析したところ、YB328株を保菌している人では、免疫細胞の浸潤が多く、ICIの効果が高い傾向があることが確認されました。これは、マウスで得られた知見がヒトでも再現されることを示しています。
今後の展望
YB328株は、日本人の約20%が自然に保菌している安全な菌であることも確認されています。今後、この菌を経口投与することで、ICIが効きにくい患者でも腸内環境を整え、治療効果を高める可能性があります。
この研究は、腸内細菌ががん治療に与える影響を分子レベルで解明したものであり、YB328株はがん免疫療法を補助する「経口アジュバント」として、臨床応用が期待されています。
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